大手のサラ金業者では新規に借金をすることが出来ず、無名で小さなサラ金業差に駆け込むようになりました。当時の法定金利は29%でした。すでにサラ金6~7社ほど借り入れがあった私に貸してくれる利息は29%です。

10万円を29%の利息で数社から借りるまで多重債務に落ち込んでいました。サラ金のカードで財布がパンパンに膨れ上がっていたのを思い出します。

一時期は月収100万円あった給与は下がり続け、酷い時には月収13万円まで落ち込みました。月の返済が元金利息合わせて10万円ぐらいあったと思います。元利で返済しても、その場で数千円をまた引き出していました。

転職を機にキャバクラ遊びの自粛に成功

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そんな状態でしたので、このままでは首が回らなくなってしまうと思い、私は固定給の会社に転職しました。運よく転職できた会社は年収350万円でしたので、月収にすれば29万円です。

毎月元利を合わせて10万円の返済だったとしても、残金は19万円ですから暮らしていきます。転職先の社員の皆さんは派手にキャバクラやクラブで遊ぶ人がいなく、会社終りに立飲み屋で一杯やって帰る方ばかりでした。

私もたまに同僚や先輩方と一緒に立飲み屋で2,000円ほど使って帰る生活でした。ですから、借金返済も生活も順調でした。中々借金は減りませんでしたが、月によってはしっかりと節約して出来るだけ返済に充てました。

キャバクラ
健全な生活が数年続き借金もかなり減り、のこり1年も経たずに借金完済が見えるところまで辿り着いていました。

家と会社の往復のみで、楽しみと言えば先輩との立ち飲みだけです。単調な生活でしたが、以前のように借金による自転車操業から脱出しかけることに喜びを感じていました。あと1年ほどしっかり節約して返済すれば、かなり余裕が出来る予定でした。

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しかし、私は新たな遊びを覚えてしまったのです。

キャバクラとは異なる夜の遊びに私の心は奪われてしまう

私を可愛がってくれていた先輩が、ある夜、キャバクラに誘ってくれました。キャバクラは5年以上行っていませんでしたので、たまにはと思いお供しました。居酒屋で食事をして、先輩について行くとキャバクラではなく外人パブでした。

外人パブと言えば、当時流行っていたのが韓国系、ロシア系、フィリピン系だったと思います。その中のフィリピンパブに連れていかれたのです。外国人と話した経験など殆どありませんでしたが、フィリピン人達はとても上手な日本語を操っていました。

香水の匂いが異様にきつくて頭がくらくらしましたが、不思議なもので自然と慣れてきます。頭をくらくらさせていた香水は、私にとって少しずつ心地よいモノに変わっていきます。

フィリピンパブ

フィリピン人は日本人のように色白ではないですし、鼻も低く、あまり好みではありませんでした。しかし日本人にはない抜群の明るさや人懐っこさがあり、日本人のキャバクラとは異なる楽しさを感じました。

また、日本人同士の駆け引きのような面が無く、感情表現がとてもストレートです。好きになった人には徹底的に連絡し、スキンシップを取りたがる人種だと思います。

初めていったフィリピンパブはそれなりに楽しかったですが、「次は無いかな?」と思っていた矢先、可愛がってもらっている先輩が「行こうか?」とまた誘ってきます。断るわけにもいきませんし、何より値段が安かったので付き合い程度と言い聞かせてついて行きました。

続く