前回の続きです。借金が600万円に膨らみ、返済はもちろんですが家賃、水道光熱費などの支払いを危なくなっていた私です。この頃の私はあらゆることを放棄していました。働くこと、返済すること、支払うこと、生きることさえも投げやりでした。

毎日毎日、堕落した生活を送っていました。朝に起きたり昼に起きたり夜中に起きたりと、私の生活パターンは完全に崩れました。

お金がありませんから誰とも付き合うことができなくなります。元々社交的な人間ですので友人関係は広く、いろんな付き合いをしていました。食事や飲み屋、ゴルフ、仕事など多岐に渡って付き合いがありました。

そんな幅広い付き合いも借金まみれの私にはできなくなります。私の日課といえば、起きたらすぐにパソコンの電源を入れ、ネットサーフィンをしたり、儲かる系の情報をひたすら探していました。

30才半ばを超えると派遣やアルバイトの面接にも合格しない

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あっという間に資金は底をつき、やむを得ずに派遣やアルバイトの面接を受けました。派遣やアルバイトだから即採用だと思っていましたが、まったくもって甘かったです。

派遣の場合、登録はしてもらえますが仕事を回してもらえないのです。回して貰える仕事といえば時間給の安い力仕事や、警備などがメインです。当時は製造業さえも、あまり仕事がありませんでした。

内勤系のアルバイトの面接も数社受けましたが、見事に全部断られてしまいます。30代なかばのオッサンを正社員で雇ってもらえるとは思っていませんでした。しかしアルバイトや派遣なら仕事はいくらでもあるだろうと思い込んでいました。

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それが実は違ったのです。日本の正社員数は軒並み減っていて、派遣社員などの非正規雇用者数は毎年増えています。

非正規雇用者数推移

派遣などの非正規雇用にも優秀だった人間が沢山降りてきていますので、私のような学歴もない、たいした実績もない人間は全く相手にされないのです。それでもお腹は減りますので、仕事を探さなければなりません。

結局、短期の日払い仕事で生活を繋いでいくことが精一杯でした。

体力仕事は私はできませんので、できるだけオフィス系の日払い仕事を探して生き延びました。この頃になるとすべてのサラ金業者と連絡を取らず、サラ金業者からの怒涛の追い込みから逃げていました。

本来でしたら家まで来て、鬼のように追い込まれてもおかしくありませんでした。しかし当時、サラ金の厳しい借金回収や、グレーゾーン金利に対して世間のバッシングが重なりました。

このバッシングのおかげで私は厳しい取り立てに合わずに済みました。以前は心が壊れるほど厳しい取り立てをするサラ金会社でしたが、たまたま転換期だったことも有り、私は上手く逃げることができたと思います。

借金から逃げ、日払い仕事を続ける毎日が数年続きます。

続く